ユングによる四機能説 について

 意識は、感覚、直感、思考、感情の四つの機能から出来ているという考え方が出来る。
 各機能についてまず定義していきます。

 感覚 
 
これは四機能のうち最も原始的なものです。視覚や聴覚、触覚などからインプットされる感覚である。 五感などによる外の世界のインプットと、空腹などの内的感覚。「なにかがある」ことを把握する。

 感情
 感覚は、感情ではない。なので良いのか悪いのかは判断がつかない。例えば、暑いという感覚があるとして、感情は、それが愉快なのか、不愉快なのかという「価値」を与える役割を持つ。
 赤ん坊には快と不快の感情しかないと言われているが、成長すると怒りや悲しみ、嫉妬、恥ずかしさ、気まずさなど様々な感情に分化していく。
 

 思考
 
考えたものそれ以上の説明は紛らわしくなるだけかもしれない。
 感覚でインプットし、感情で価値を与えたものについて、更なる判断を与える事が出来る。「これはこうだからこうなのか」。
 思考に長けて、合理的、論理的に考える人は、この機能が四機能の中で唯一「合理的」だと考えている。


 直感
 
これは四機能の中で一番理解しにくい。直感など存在しない、と考える人もいるかもしれない。
 確かに我々現代人は、過去の人間達に比べて直感をほとんど使用しなくなった。科学的方法の台頭により、直感は迷信の大元だという事を学んだからだ。かつて人間は直感で宇宙の現象を説明した。(それが宗教や占星術、錬金術などを形作った)
 例を挙げると、地球が平面であると感じるのは直感によると考えて良いだろう。科学の教育を一切受けていない人間が、地球が球体であると考える事はあり得ない。直感に反するからだ。現代の物理学はかなり直感に反するものだと言える。
 しかし今も我々の間で直感はまだ働いている。特に神秘主義者などが直感家であると言えるだろう。霊感と呼ばれるものも一種の直感能力である。
 理由が分からないけど直感で理解するときや、「女の勘」なども直感機能による。直感は無意識を介した思考のようなものとも言える。





 優越機能、劣等機能

 ユングは、人はこの四機能のうちどれかが優越機能であり、それと相反するものが劣等機能であるとして無意識に沈んでいるものと考えた。

 思考と感情は相反し、感覚と直感は相反する。
 なので、例えば「思考型」の人は、思考が優越機能であり、思考と相反する機能である感情が劣等機能である。彼は思考が最も分化された、つまり発展した機能であるが、その分感情が分化していないという。

 思考と感情、感覚と直感がなぜ相反するのかについて説明しよう。
 
 思考は感情を伴う。だが感情は思考を邪魔する。なので完全に客観的な思考をするには、全ての感情価を捨てなければいけない。
 例を挙げて考えてみよう。「最も優れた国はどこか」という質問の選択肢に、自分の国が入っていたとする。この時、人は自分の国については、知らない国と違って、何らかの感情価が必ず感じられる事を観測するだろう。関心がない国には何も感じない。だが自分が所属するグループには感情が伴う。
 そしてその質問に答えるために各国の客観的なデータを調べるとする。しかしここでもデータに対して感情が邪魔をする。自分とつながりを感じるものにはどうしてもバイアスがかかる。
 本当に客観的な評価をするには、個人的な感情を完全に除外する必要がある。感情は必ず思考に影響を与えるからだ。
 なので、出来るだけ客観的に思考しようと考える人は、自然と、思考内容に介入する感情価をいかに無視し、思考に影響させないかが、重要であると思えてくる。
 こうして、事実の把握には思考が最も適していると考える人にとって、判断の最終決定権を持つ最高裁判所は、感情ではなく思考にある、と言える事になる。
 科学や論理の世界では、全ての真実は思考によって導き出される。感情によって導き出された答えは単なる「感情論」であり、合理的、論理的ではないとされる。


 対して、感情型の人間は、思考型と違い、感情が物事の最終判断に利用されるべきと、無意識的に決めている。そのため、データを見ることより、どう感じるかの方を大事にする。感情型の人にとって、思考は感情を邪魔するものである。だから感情を害する思考を抑圧する。
 感情型の人間が自分の属しているグループへの批判を見てしまったとしよう。彼は自分のグループへの感情を変えたくない。感情が最も大事だからだ。もし思考により、自分のグループの抱える重大な問題を知ってしまったら、自分のグループへの感情が変わってしまう。
 だが決して彼は「思考をしない」という訳ではない。思考はする。だがあくまで最高裁判所が思考ではなく感情にあるのだ。彼は客観的事実ではなく主観的事実を求める。主観(どう感じるか)が最も大事なのだ。

 ここで決して勘違いしてはいけないのは、思考型の方が優れているわけではないという事だ。ユングは感情も合理機能だと考える。だが思考家はそうは思わないだろう。
 私は、世の中の人間同士の喧嘩や争いの大半は、この思考・感情の価値観の違いから来ているのではないかと思えてならない。この考え方でかなり多くの、「相手の考えが分からない」時の説明がつく。


 感覚と直感が反するのは、感覚がそのままのインプイットであるのに対して、直感はそれに別の意味を付け加えるからだ。
 例えば山を見て、感覚家は木の緑色や、美しい山の輪郭を見るだろう。しかし直感家はそこに神々や精霊などを見る。これらは別々の事であり、同時には出来ないと考えれば、相反している事になろう。



 この優越機能、劣等機能の考え方は様々な現象の説明に役に立つが、絶対的なものだと思ってはいけない、とユングは警告している。
 誰か一人の人間が〇〇型である、と断定できるわけではない。人は環境や状況でも変わるし、成長しても変わる。思考型を自称する人にも多少は感情型の面を持っており、逆もまた然り、と思っていた方が良いだろう。