・ある時キノコは私にこう言った。
 あなた方が人と呼ぶものは、我々は時間と呼ぶ。

  
 ・私は彼女(キノコ)に聞いた。「なんて呼べばいい?」
 すると彼女は「ドロシーと呼んで」(オズの魔法使いの主人公の少女) 


 ・それはこう始まった。キノコがこう言ったのだ、「気がついたかい?毎日は、それ以外の毎日と同じようなものだと?」私は答えた。「うん、気がついていたよ」 
 「そしたら、これはどうだい?全ての週は、他の全ての週と同じようなものだと?」「うん」
 「そしたら・・」・・と、これは典型的なキノコの構築だ、こうやって「これを知っているか」「当然、知っていたろう!」と(質問してから)ぶっ飛ばす。
「そしたら、これは知っていたかい、当然知っているはずだ!・・全ての日は、他の四日と関係を持つ。そしてそれは先行する四日ではない。それらは時間の中に散らばっている。一つは六ヶ月前かもしれない、一つは数千年前かもしれない。しかし、ある一日は、他の時間の、反響が合わさった干渉パターンなのだ。」
 奇妙なアイデアだ。私は一度もこれを考えた事がない。そしたら次はこう言った。「易経(古代中国の占いの書)を持ってきな」私は易経を持ってくると、「first order of differenceを見るぞ」



 ・サイケデリックスの素晴らしいところは、彼らがいかに民主的であるかだ。摂取者は奴隷的な摂食制限やマントラの形式やら何やらに何やらにこだわる必要が無い。人を伝って伝わるのでは無いからだ。私はキノコにこの事を聞いてみた。「enlightenment(覚醒/悟り)への、(サイケデリックス以外の)他の道のりは何なんだ?」そしてキノコはこう答えた・・しかし勘違いしないで欲しい、これを言ったのは飽くまでキノコの方だ・・「一人の人間が他の人間から悟りを求めるのは、一粒の砂つぶが、他の砂つぶから悟りを求めるようなものだ。途方もない不合理だ」
 私はこれが好きだ。なぜなら従われるに値するほどの威圧ある知性を持ったものを私は他に知らないからだ。そしておそらくあなた方(聴衆)もそうでしょう。しっかりと(サイケデリック体験に)注目していたなら。

 
・長年キノコを経験して学んだ事がある。「自然は勇気を愛する」。私は聞いた、「自然は勇気にどのように反応するのか?」すると瞬時に答えが戻ってきた。「障害物をどかす事によって。自然は勇気ある者にそのような褒美を与える」

・一度キノコがこう言った。「計画を持ちなさい。もし計画を持たなかったら、あなたは誰か他の人の計画の一部になる」

・私の持った面白い考えの一つ・・意味はあるとは思わないし、信じているわけでは無いが・・これは感情的な思考で、不合理だが・・アマゾンで、栽培されているキノコを見てこう思った・・これは人間の、失われた脳の一部だ。我々の一部分は、この森、野にある。これは人間の肉だ!変な肉ではあるが・・しかし我々は胎児に人権を与えようとしているのだから、キノコにも与えたらどうか?キノコも投票する市民になってもらおう(笑い)。なぜなら、キノコは知性を持っているのだ!それはあなたを愛するし、頭を吹き飛ばす(すごい事を理解させる)事もできる。笑わせることも、泣かせることもできる。このようなものは、愛する以外に共感する方法がない。人を口説くには笑わせ、泣かせるだろう。