DMTとの出会いは、様々な意味において、私の人生に深い影響を与えたと言える。
 特にアヤワスカのかたちで。
 DMT喫煙と、アヤワスカ とには重要な違いがある。 もちろん共通点も多いが。
 私は精神世界(スピリットワールド)については、以前は直接的な体験がなかったが、2003年ごろから、アヤワスカ を経験していくうちに、 もう物質界を同じように見る事が出来なくなった事に気がついた。
 私はもっと広い領域に紹介された。時には、非常に恐ろしい。時にこういった体験は、 落ち着かなくなり、不安になる。
 私はこれを旅行と比較する。私はジャーナリスト、ライターとして働きながら世界中を旅した。
全く言語の通じない、未知の文化圏へ行き、自分の足を探す(地に足をつける方法を探す)こと、アヤワスカ体験はそういう感じだった。
 私は、これらの体験が、ただの脳内のファンタジーだと自分に説得する事が出来なかった。
  これらには真実性(リアリティ)があった。圧倒的な説得力があった。
 自分の恐怖と向き合って、乗り越え、別の現実を掴む事が大切に感じられた。

 その領域には住人がいた。 
 アヤワスカでは何度も何度も、 愛の溢れるエンティティ(存在たち)と邂逅した。
 だが愛は優しさだけではなく、厳しくもなりえる。 
 時に愛は、(相手の)最も悪い面を見せる事であり、それを直す機会を与える事。
 私はアヤワスカ には性格(パーソナリティ)があると思う。
 そしてそう感じるのは私だけではない事も知っている。アヤワスカと関わる人の多くが、この存在と出会った。もし、彼女を存在と呼んでいいのなら。
 その存在はあなたを教育したがっている。あなたのペースで。難しく、痛みを伴うレッスンもある。
 この厳しい先生との出会いは、私の脳で発明され調合されただけというのは信じられない。
 現在進行中のプロセスがあり、私はそこへ何度も何度も行かなければいけないように感じる。これらの問題をどうにかしないと、前進する事は出来ない。アヤワスカとは、勉強の過程のように感じる。
  私はこの惑星で生きているうちは、アヤワスカを人生の一部にしたいと思う。
アヤワスカは非常に利益があり、助けになった。 

 アヤワスカは、ただ別の現実でエンティティなどを体験するだけではない。
 旅は自分自身を問う事でもある。
 旅の序盤は強烈に視覚的で、本当に別の領域へ飛んだように感じる。
 旅の後半はもっと個人的(パーソナル)。人生をレビューする。自分のストーリーを見て、過去やったこと、これまで知った人、私が彼らに与えた影響、私は真実を見せられる。最も冷厳で、容赦ないやり方で
 妄想は全て剥がし取られ、あの行為を正当化するためにした全てのことを知る、本当はこうだったんだぞ、と。

 それについて、どうにかしたいと思うか?お前次第だ。」

 これらの洞察に従うのは、非常に難しい。得るのは簡単だが、従う(行動する)のは簡単ではない。
機会を差し出してくれているのだ。自己改善の手段なのだ。

 私はこれに非常に価値を感じ、これは私の態度を変えるに至った。

 私は今でも、すぐに怒り、人に酷いことを言ってしまう。アヤワスカ が何度も何もしたことは、
私がそれをやった、ということを最も強調させて見せてくることだ。
 私は当時、怒って当然だと思っていた。相手は怒られるに値すると思っていた。だがアヤワスカは、怒るべきなかったと教えてくれる。
 すると私は、挙動を変えるべきだ、そうしなければいけない、と。私は挙動を変える事に(今も)取り組んでいる。
 様々なレベルにおいて、まず個人的なレベル、人間としての成長、そしてより広い現実とのコンタクトとして、アヤワスカ は驚くほど助けになった。(アヤワスカの摂取を)続けることをやめようとは思わない。


 最後に、私は17歳から酷い片頭痛に苦しんでおり、発作には48時間はやられていた。薬をもらい、効きはするのだが、この薬を使いすぎていた。痛を止めるために使い続けなければいけなかった。
初めてアヤワスカ を飲んだ時、1ヶ月も片頭痛が来なかった。(以前は月に20回だった。)
その後次第に戻ってきた。アマゾンでアヤワスカ を11回飲み、その後は4、5ヶ月片頭痛が来なかった。
2005年、またブラジルで5回のアヤワスカセッションをしたが、それ以降、2年ほど経っているにも関わらず、ほとんど片頭痛が来ていない。癒えたのだ。
 


インタビュー動画から抜粋、翻訳。

グラハム・ハンコック

イギリス生まれの作家、ジャーナリスト。1950年生まれ。
主著「神々の指紋」「人類前史」など。