LSDをやったらどうなるか。
やった事ない人向けの記事です。これを読めばやる必要がなくなります!


※当記事は違法薬物の所持、使用を勧めるものではありません。
我々は違法薬物の所持、使用に反対しております。
この記事によりLSDなどの薬物の使用に興味を持つ方がいても、当ブログは責任を負えません。我々は使用を推奨しているのではなく、興味がある人が使用せずに効果を知るための手段としてこの記事を公開しています。


※LSD以外にも、マジックマッシュルーム、DMT、メスカリンなどは「サイケデリックス」に分類されるドラッグで、LSDと完全に同じではなくとも、似たタイプの体験をもたらします。当記事でLSDの効果として説明されるものは、他のサイケデリックドラッグにもある程度共通するものと考えて良いです。




 LSDは大衆からは非常に誤解されているドラッグで、実際に何が起こるか全く知らない人が多いです。
 幻覚剤は幻覚を見るため」ドラッグで、幻覚はなんでもありだ、と思い込んでいる人が多いです。なのでたまにネットで見かけるでっち上げの幻覚剤体験談の特徴は、「なんでもあり」になってるところです。
 でも幻覚剤を使用し、理解するうちにすぐに分かりますが、幻覚剤にはれっきとした、ほぼ判明している作用機序があり、(幻覚剤の三大分類という記事を見てください)何でも起きるなんていうものではありません。
 一般人の幻覚のイメージはかなり実際と違います。幻覚=怖い、危険という根強い偏見がありますからね。
 誤解と間違いと嘘の蔓延は、情報の不足のせいです。正しい情報が全然出回っていません。
 違法ドラッグを使用する人は法的理由のため話したがりませんし、ドラッグをやらずにドラッグを語る人は、幻覚剤の効果は正しく語れません。やらないと分からない体験だからです。
 LSDはテレビや壁のポスターの中のキャラクターが出てくるドラッグではないという事を今から説明いたします。道路に存在しない車が現れたり、空にUFOが現れたりもしません。
幻想的な世界が見えるドラッグではないですし、多幸感を得られるドラッグでもありません。





序 サイケデリックトリップは言葉では説明できない  

 サイケデリックスによるトリップは、脳内の活動が化学的なレベルで変容してる状態です。その物質を摂取する以外の方法で、同じ体験、感情、感覚などは得られないので、実際に物質を摂取するまでは、どのような体験なのかイメージする事は不可能ですし、やったことのある人でも、間が空くほど思い出すのが難しくなっていきます。
 なので言葉による説明は強引なものだと思ってください。
 よく使われる比喩では、サイケ体験の説明は、色盲の人に色を説明するようなものだと言われます。特に強烈な体験であるほど、いかに言語で説明出来ないかが明らかになっていきます。説明できないのは、その人に言語力が足りないからではなく、言語で説明出来るものには限界があるからです。
 人はお互いに共通の概念を持っている時に初めて、媒体となる言葉を使うことで、自分の伝えたいことを他人に伝達することができます。それが言語の本質です。例えば、「悲しい」と言う気持ちを人が皆知っているからこそ、私は「悲しい」と言えば、それを聞いた人に私が感じている気持ちをなんとなく予測して貰えるわけです。しかし悲しみの感情を知らない人がいたら、私がいくら悲しみを説明しても、私の悲しみがどのような感覚か、その人には分かりません。
 主観的体験を伝達するために、我々は体験に「怒り」や「喜び」などの名前をつけますが、名前のついていない感覚は伝達できません。
 サイケ経験者は、数々の不思議な体験に、名前を付けようと奮闘してきました。しかしどうしても名称を与えられない現象が多いのです。なぜならサイケデリックの世界は境界が失われる(boundary dissolving)からです。複数の感覚が融合したり、本来関連のないものが関連したりして、はっきりとした区別が不可能なのです。そして言葉と意識の本質は物を区別する事なので、「このもの」「あのもの」と区別、指示できないような世界は言葉では説明できません。言葉で説明するとその時点でモノが区別されたことを意味しますが、多くのサイケデリック現象は一つのモノとして他のモノと区別することが出来ないのです。
サイケトリップの説明の難しさは、夢の説明の難しさにも似ています。トリップは時に夢のような非合理の世界になり得ます。夢に現れるイメージは、象徴的なものです。象徴というものは、それ自体が定義できないからこそ独特の魔力を持っていて、それが何なのかをはっきりさせてしまうと、つまり無理やり言葉での説明をつけると、象徴としての力を失ってしまうのです。


 トリップで起きうる事は非常に多いので、この記事で書き落としてるものもいくつもあるでしょう。可能性を全て書くと、どこまでも続いてしまいます。
 体験中考える事や、感じる事は、体験が終わってからは中々思い出せないものです。今から書かれるのは、思い出しやすい/説明しやすいものだけだと考えて下さい。実際のトリップは、ここで書かれたものよりはるかに深く複雑だと言えます。
 そして人それぞれ、サイケ体験の解釈は違うので、あくまで著者の主観的なものと考えて下さい。これに反対する人ももしかしたらいるかもしれません。
 また、幻覚剤は摂取量(ドース)で著しく効果が変わるので、効果を説明する際、どれくらいのドースでそうなるのか、も重要になってくる。
 普通の人はやらないような多量摂取でしか起こらない効果を、一枚(少量)飲んだだけで起きると勘違いする方もおられる(特にネットニュース系の記事に多い)。
 ドースごとの効果の違いに関しては、LSD効果表という記事を見てください。



セット&セッティング
トリップをする際、とても重要なのはセット&セッティングです。セット&セッティングでトリップは大きく変わります。
セットとは、あなたがどのような人であるかです。そしてあなたの態度と心構え。内向的なのか外向的なのか、空想傾向があるか、迷信深いか、トラウマがあるか、どのような幼少期を過ごして、どのような人格を築いてきたか。先天的にどういう器質を持っているか。哲学や心理学、宗教などの知識や興味関心がどれほどあるか。ほか様々な要素がトリップに影響します。
セッティングとは、あなたがトリップする環境です。安心出来る空間か。周りに誰がいるか。今日どういう気分で、どういう状況に置かれているか。悪いセッティングは必ず悪い体験をもたらします。。



 トリップの流れ

 LSDトリップは、カムアップ→ピーク→カムダウン→アフターグロウ
という流れに分解できます。
 カムアップは、少しづつ効き始める時間。強いほどすぐ効き始めるが、普通は1時間くらいです。不安や恐怖、後悔の念が押し寄せてくる場合もあり、「come up anxiety(カムアップ不安) 」と呼ばれる。この時間が一番バッドトリップになりやすいので慎重に精神管理を。
 強いものほど、ぶっ飛んでいく感じがします。ジェットコースターで最初の登り坂をずっと登っているような心境だと例えればイメージしやすい。
 人によっては、吐き気を感じる。心拍数が上がる場合もある。が、吐き気は一度吐いたり、ピークが過ぎたりすれば、自然とフェードアウトする。長期的な害はないので、この副作用でパニックする必要はない。
 カムアップの上り坂が頂点まで行くとピークです。
 ピークは血中濃度最大時、つまり効果最大時。
 物質や状況にもよりますが、行動のコントロールが難しい場合もあります。まさに一番ぶっ飛んでる時間。
 その後カムダウンは、効果が減少していく時間です。だいたい、ピークが終わった時は直感的に分かります。脳の支配権を取り戻したかのような感じがします。これ以降は、視覚効果などは激減しますが、まだ微妙なトリップ感は長時間続く場合もある。
 ごく小さいドースだと、ピークとカムダウンは大した差がないが、強いドースほど、ピークの終わりははっきりと認識でき、安全圏に戻った、戦いが終わった(笑)という風に感じます。
 アフターグロウとは、翌日以降、全てが新しく見えたり、あらゆるものが疑問に思えたりする、トリップはしてないがまだ完全シラフでは無いような状態。ここからが重要な時間とも言え、習慣を変えてみたり、新しい事をしてみたくなる事が多い。
アフターグロウは数日続く場合もある。

 さて幻覚とはどういうものでしょう。これもいくつかに分解して説明出来る。

 視覚的な幻覚は、開眼幻覚(OEV)と閉眼幻覚(CEV)、そして表象幻覚に分けられる。
Open eye visuals, Closed eye visuals

 開眼幻覚 OEV
 開眼幻覚は、さまざまなバリエーションがある。
 実はどこで何を見るかが視覚体験に大きく影響する。汚い部屋にいると、綺麗なものは見えず、むしろ散らかりや汚れが目立って見えてくるだろう。
 自然を見れば、かなり美しい。
 パターン認識能力が上がっているので、景色の「規則性」が強調されて見える。シンメトリー(対称性)や、フラクタルなどを、様々な場所に見出す事ができる。
 植物を見ると、その枝の分かれかたや、葉の分かれかた、伸びかたなどに、かなり数学的な規則性を確認出来る。

 いつも見ているものでも、まるで新たな視点から見ているようで、細かい模様や、色などが強調されて見える。自分の部屋でも、「どこだここ!?」と感じたり、それまで一度も気付かなかった、細かい壁のシミや、わずかなカーペットの色、天井の模様などに気が付くだろう。

 光は明るく見える。そして色が見える。白い壁を見ても、そこにあらゆる色があるように見えたりする。緑、赤、青、・・。

 微妙な伸び縮み、歪みのような幻覚。室内では、壁や床が呼吸してるように見える。鏡で顔を見ると、各パーツがバラバラに伸び縮みしているので、やたらブサイクに見える事も(笑)
 この伸び縮みは、CGなどで再現されても多くの場合、全然似ていない。よくあるCGでは、局所的に大きく曲がったり歪んだりするのを見るが、実際は、局所的でなく全体だし、そこまでグネっとしたような激しい歪みでは無い。

 ものが分解され再構築されるような現象は、モーフィングと呼ばれる。
 暗い場所ほど、モーフィングは見やすい。電気を消せば家具が変形する所が見えるだろう。ものがパーツに分かれてうごめき、変形していくさまを見れば現実とは何か疑うようになるだろう。

タオルや犬の毛などは、流れているように見えたりする。

 世界の解像度が格段に上がり、視力そのものが上がったわけでもないにも関わらず、注意力が極限まで研ぎ澄まされているため、物凄く細かいものまで見えてしまう。自分の手が巨大に感じたりすることも。砂つぶや米粒も、非常に大きく見える。
 動くものに残像がつく。これはトレーサーと呼ばれる。が、案外人によっては少ない?早く動くものほど残像がつくので、つい手を目の前で振ってしまう(笑)
 自分の手を眺めながら動かしている人はLSDをやっているかもしれません(笑)

 他の効果全部にも言えるが、開眼幻覚の強さは、ドースで大きく変わる。弱めの紙だと、大した視覚がないので、ガッカリする人も少なくない。
 多くの人はLSDで「極彩色の幻覚が見える」と思っているが、(だいたい適当なサイトや本には必ずそいう書いてある)極彩色の万華鏡を見るには実は相当高いドースが必要で、多くの人はそんな量を使用することがない。そこまで行くのはかなりの経験を積んでからでないと危険です。
 少量で使用して、大した幻覚ない!と勘違いする人もいますが、ドースを増やしさえすれば、確実に視覚効果は強くなります。最終的には自分の手が見えないほどの幻覚になる。ここまでくると目を開けているか閉めているかの自覚もなくなり、開眼と閉眼幻覚に差はなくなる。
 

 閉眼幻覚 CEV
 CEVは大まかには二つに大別できます。「幾何学(ジオメトリー)」と、「内的ヴィジョン」あるいは「ストリーミング」とでも呼べばいいでしょうか。
 開眼幻覚は、外の世界を錯覚している現象だが、閉眼幻覚は、完全に脳内で生成されている幻覚映像。これこそが真の意味で幻覚と言える。初めて見たときは度肝を抜かれるだろう。

 完全な暗闇にいると、目が開いているか閉じてるかは関係なくなるので、仮に目が開いていようと、見えるのは閉眼幻覚のほうです。というのは重要なので言っておこう。
「幾何学」は、まさに誰もが見たことあるような、サイケデリックアートのような模様です。各部が常に動いていて、止まっている時はなく、変形していきます。大麻やDXMなどの閉眼幻覚は色がありませんが、LSDなどのサイケデリックスではカラフルな色があります。ロードースでは軽くイメージが見える程度ですが、ドースを増やすとより鮮明になっていき、平面模様になる。ハイドースでは3Dになるという。かなりのハイドースだと、開眼でも3Dの幾何学的建造物が目の前に現れ、その周りを歩くことができる(!?)と言う報告があります。

もう一つ、「内的ヴィジョン」のほうは、模様ではない。 何か「もの」や夢にも似た「ストーリー」が見える。イメージの映像化を見る。と言った感じ。
謎の造形や、夢みたいにデタラメなものが多く、基本的に説明は難しい。それは常に動いており、展開していく。何なのか分かった頃には次のものに変形している。連想ゲームのようだ。
 神聖なものが見えることに期待していても、日用品やキャラクターなど、あまりに俗っぽすぎるものが見えることは少なくない。笑えることもしばしばある。
 目を閉じたときに幾何学が見えるか、ヴィジョンが見えるかは自分では選べない。どういう状況でどちらが現れるのかは、正直分からないが、これに法則性などがあると思う人がいればぜひ教えてほしい。

ところで、 トリップ中に目を閉じると、外界との接続が切れたような感覚がある。(ちなみにシラフでも、目を閉じただけで脳波は変わるそうだ!)まるで異世界に吸い込まれるよう。しばらく閉眼幻覚を眺めた後に目を開けると、外の世界が違って見える。今ここにいるの?となる。目を閉じてる時間が長いほどこの効果は強い。

幻視で何が見えるかは、他にもたくさんあるでしょう。全てはカバー出来ません。
トリップ中大麻を吸うと、幻視が増えます。※ただし不安が増し、パニックしやすくなるなどの作用もあり得るため、まったく勧めないという人が多いです。


表象幻覚
 OEVとCEVは知覚的なもので、純粋に視覚的な性質を持っていると言っていい。表象幻覚とはイメージそのものを見るようなもので、目の開閉に左右されないと思われるので、あえて単独のカテゴリとして考えることにしたが、CEVの「内的ヴィジョン」とほぼ同じものだと考えてもいい。
表象幻覚は視覚以外の感覚を含むことがある。今・ここから超越した性格を持つことがあり、しばしば「意味」を持つ。(純粋に視覚的なものとして終始するOEVやCEVは基本的にはそれ自体には何の意味も帯びていない)
 幻覚剤は摂取量を増やすと基本的には視覚の量が増えるが、不思議にも、ハイドースの方が視覚が少ないという人がいる。これはどういうことか。実は、ハイドースほど表象幻覚が増えていくので、OEVやCEVを「見る」ような機会はむしろ減っていくのだ。だから何かが「見える」と思ってドースを増やすのは危険であり、おすすめできない。
 強い幻覚の中では表象(イメージ)の強度が知覚を上回り、知覚的世界はどこかへ消え去る。





 さて視覚幻覚を説明しましたが、今度は他の感覚。

 聴覚
 時に、声じゃない音が声に聞こえたりする。音楽や、環境音が形のイメージとして聞こえたり、音が脳内でひらがなやカタカナに置き換わる現象などがある(英語のスレッドで、この音の言語化現象に名前を付けている人がいたけど、名称は忘れた)。
 そしてエコー、やまびこ現象。音が続いて聞こえる。手を叩くとその音が何度か続いてるように感ぜられる。

 視覚の解像度が上がるように、聴覚も解像度が上がる。音楽を聴くと、まるで一音一音が独立して聞けるかのようになる。音がたくさんある曲でも、一個一個の音が層に分かれ、聞きたい層を選べる感じ。超高級イヤフォンに変えるより音質の変化だ。大麻でこれを経験してる人は多いと思うが、十分な量のLSDでは大麻よりはるかに音が変形する。
 だが幻覚剤で音楽を楽しみたい場合は、ドースは少量に抑えておいた方が良い。十分な強さのトリップをしていると、聴覚が変質しすぎて、知っている曲も全く意味不明に聞こえるので、期待したように楽しめるとは限らない。


 嗅覚
 嗅覚はかなり鋭くなる。料理などをすると、かなり離れた部屋まで匂いを感じる。
また手から花のような匂いがする時があるが、これは手の本来の匂いなのか?正体は不明。

 触覚
肌の感触も変わる。気持ち悪い場合もある。LSDが効き始めるとき、最初に感じるのが指先の感触の変化だったり、敏感になる身体感覚である場合が多い。
 唇などを必要以上に意識してしまう場合も。また、衣服に違和感を感じ全裸になる人もいるそう(笑)
 指の感触などにかなりの違和感が出る。あまりに感覚が鋭くなってるので、普段は気にならないような、机の上のわずかな砂埃などでも、手に当たるとかなり気になる。ものの感触がおかしく感じるとモヤモヤする(笑)

 身体感覚
 体が重い感じや、逆に軽い感じ、無くなった感じなど。
 サイケデリクスで体が重くなる現象はボディーロードと呼ばれる。ハイドースほどボディーロードは基本的にきつく、歩くのは難しくなってくる。
 言語化や概念化が難しい謎の身体感覚が体験されることは少なくない。こういう身体的な感覚変容も様々な哲学考察につながる。
 

 味覚
 大麻では食べ物が美味くなるが、LSDは基本的に食欲は無くなると思われる。生ものや臭い食べ物は、けっこう気持ち悪くなる?筆者は一度豆乳を飲んだら、かなり生くささが気持ち悪く感じて、しかも口に残った。
 良い香りのハーブティーでも、意外と気持ち悪くなったりする。人によるだろう。

 感覚の融合。いわゆる共感覚。
 これら五感、(本当は感覚は5個じゃなくて20くらいあるそうですが(時間温度、平衡感覚、空腹、etc))、が混ざります。色が聞こえて、音が見えるっていう話はよく言われます。
でも、これが芸術的な体験だと言うのは少々な誤解で、実際は脳の混乱みたいなもんで、意外と気持ち悪い。今、音が見えた?は?みたいな感じです。
 聴いている音楽が、目の前で綺麗な形に映像化されるとか、そういうのではない。
 感覚じゃないもの(?)まで感覚と混ざるので、ここまでくるともう説明は不可能。
 共感覚はシラフではイメージすらできないので、説明を諦めた方が早い。




 表象幻覚
( ※改稿!もともと「空想」でしたが、厳密に空想とは違うと考えたのでこの項を表象幻覚に改名しました。視覚の項で説明されている表象幻覚と同じものです。)
 これは入眠幻覚にかなり似ていると思う。
 頭の中でストーリーが進行します。それは外界で実際に起きている事とは別の現実です。
 これは1ヒット(平均的な一枚)ではあるかないかですが、2ヒットほどでは顕著になり、3ヒットでは強烈になり始めます。
 ストーリーは、基本的に夢のようなデタラメで、説明出来ない。ストーリーが進行してる時は、基本的に現実世界のほうに意識はいかない。ユング心理学的に言うと、無意識を体験しているようなものだろう。

  さっきまで見ていたものがストーリーだったことに突然気がついて目が醒めるような事も起きる。だいたい、覚めた時にはそれまでのストーリーが何だったか既に忘れている事が多い。夢から醒めて夢が思い出せない事に似ている。

 変な事を考えて爆笑する事も多いですが、怖い事を考えると、それが本人には現実になります。想像を絶する恐ろしさにもなります。
 LSDよりマッシュルームを好んだテレンスマッケナは、LSDについて「変な考えを思いつく」ものだと言っています。これについて賛成する人も反対する人もいるでしょうけど、もしかしたらLSD他のサイケ物質に比較して「変なことを思いつく」ことが多いかもしれない。

 だいたい、思い込みは思い込みと分かるので、奇行に走ったりする事は普通はないです。(ロードースの場合。ハイドースの場合は空想の中で行動する危険性があるため、トリップシッターが必須になる)





 感情

 感情は特に強化される。
 曲のイントロを聞くだけで泣きそうになったり。美しい景色を見たらけっこうウッと来ます。
 何かに気がつくと、かなり感動したり、非常に重要に感じたりします。
 セックスは大変素晴らしいものになるらしいですが、逆に全く勃たないという人もいるそうだ。やるなら、ピークが終わってからがいいでしょう。
 ものがアホに見える時もあり、笑いはじめれば死ぬほど笑いますし(いわゆるワライタケはマジックマッシュルーム)、感動や希望や愛も、美しいほどに強調されます。
 ですが問題は、マイナスの感情も強調される。ので、マイナスの感情を催さないようにするのが大事。
 何か恐怖や不安が始まったとき、気分転換をしないと、今まで想像も出来なかったレベルまで増幅されます。感じたことのない感情は、感じるまで知りようがありません。想像の範囲内にあるものとは思わないように。
 大体、地獄を見たつもりでも、まだその下はあります。本当にあります、下には下が。ので、ちょっと怖い思いをしたくらいでは、バッドトリップと言うべきでない。厳しいトリップ、チャレンジングなトリップと言った方がよろしい。


 思考

サイケではyou become more aware of your thoughts
「自分が何を考えているかかなり明確になる」と言った感じです。
 普段は人の思考には、メンタルノイズとでも言いましょうか、雑音が混ざっています。ですが幻覚剤にて、意識が上がった状態になると、恐ろいほどに「頭の中の背景の雑音」が静かになります。
 いつもは自分の考えの後ろに背景ノイズがあったのが、突然白紙になったような感覚。
 白紙の上にポツンと書かれた「自分の思考」を客観的に見ているような感覚。
後ろが白紙なので、書かれていることがかなり目立つし、目をそらすのも非常に難しい。
 考えていること、思いついたことの一つ一つがとても重要に感じ、かなりの重みをもって迫ってきます。

 大麻でもそうですが、幻覚剤をやっていると連想ゲームをしているように、次から次へと、繋がった思考が現れます。思考パターンと思考方法はシラフ時と同じではない。普段は気がつかない繋がりを見出すことができる。この状態に入ると、考えるのをやめるのは難しい。ハイドースほど、思考の洪水というか、思考の濁流に押し流されて行きます。思考が次から次へと競争するように流れるさまは、racing thoughtsと言われます。
 新しい事を思いついたり、重大な事に気がつく事が多い。
 ですが不安があると、そこから考えすぎて最悪のケースを想定してしまい、そこから悪いムードに突入、少しづつバッドトリップになっていってしまいます。
 ドースが大きいほど、思考が難しくなります。普通の事を普通に考える事すら出来なくなる。

 思考法や視点は大きく変わり、フィルターやバイアスがなくなった思考が出来、もはや文化や習慣全てを疑うようになるので、日常的な習慣の一つ一つを疑問視するはめになる時もある。
 これでドラッグを辞めたり(酒、タバコをやめる/減らす話はよく聞くし、ヘロイン、覚醒剤をやめる人もいる!)、悪い習慣(ネットや、悪食、他人への態度など)を改めなければと気がついたりする。
 様々な無意識内容が流入してくるが、記憶もその一つ。それまでの人生をダイジェストで見ているような感じになったりする時も。普段考えない自分の生い立ちを改めて見るのは不思議だったり、ノスタルジックだったり、怖かったり、また素晴らしい運命に恵まれたと感動する場合もあるだろう。

 過去の自分の行動を、「他人視点」で見れたりする。自己のくだらないバイアスはもう無い。過去の行いを後悔し、けっこう苦しい場合もあるが、新たな事に気が付いて成長も出来る。
家族や、身の回りの人と、人間関係の問題があれば、それが表層に出てくる。これを直せ!と。これはアヤワスカ体験でよくある。

よくある嫌な現象に、思考ループなるものがある。何か、印象的なフレーズだったり、口癖など、ある決まった言葉や考え方や動作などが、何度も何度も繰り返し出てくる現象。よく「ループに入った」などと言われる。おそらく、脳の同じニューロンが、連続で発火し続けていることによる。ループから抜け出すには別の場所に行って別の事をすると良い(それが難しいのだが)。

 思考部分こそがトリップ中一番大事なものだと思います。
が、遊びでトリップして、特に何も考えないような使い方だと、ぜんぜん内省がないまま終わります。
 何も学ぶつもりがない人は学びませんし悟りません。
 学んだことは早いうちに書いておくのがいいです。
 トリップ中メモすると、後から笑える、恥ずかしいような内容もあるでしょうけど、その時点でしか経験できない感覚をその時のうちに記録しておくのは、きっと価値があります。(ハイドースだと文字を書くという高度な動作は出来なくなりますが)
 トリップ中考えたことを馬鹿なことだと思って大事にせずに捨てる人がいますが、勿体ないです。それではトリップしてる意味がないのでは、と思います。ドラッグにより平時と別の思考回路を持っていた時、どういうことを考えたのか、そこから学べることは非常に多いのです。







 無意識内容の意識化

 過去の抑圧していたトラウマが急に表に出てくるケースもあるので、精神疾患を持っている方は厳重な警戒を。トリップしないのがいいが、する場合、まず自分の精神分析をして、抑圧しているトラウマを自覚することを自力でできるようになってからでないと危ない。これは冗談ではない。トリップでは、抑圧していた事すら忘れていた恐怖が一気に掘り起こされて攻めてくると思ったほうが良い。
 無意識内容の意識化はサイケ体験の大半を特徴付ける。今まで「見」てはいたけど意識していなかったもの、「聞」いたり「感」じたりしたけど意識していなかったこと、考えたくないから忘れていたこと、それらが全て意識の表層に浮かんできます。よくサイケは意識の拡大と言われますが、意識の拡大とは無意識の縮小です。現実を忘れられるアルコールなどのドラッグと違い、サイケデリックスは現実を叩きつけてきます。今まで無意識に追いやっていた数々の問題と向き合わなければいけない時がきます。







 時間感覚

 基本的に短期記憶力が低下してます。気が付いたらだいぶ時間が進んでいる。
 ハイドースでは、一秒と永久の違いも分からない。自分が誰か、今どこで何をしているかという記憶もない。
 早送りやスローモーション、ストップなど、時間の歪みや、時間のスライス、ループなども存在する。
 楽しい体験をしているとあっという間に時間が過ぎます。
 が、厳しいトリップをしているほど、意識が「今この瞬間」に集中され、時間が進まなくなります。Moments of eternity(永遠の一瞬)なんていうレベルまで。
 時間感覚が変わるだけには止まらず、時間という概念そのものが意味を失い始める。
 全ては一つ・・全ては無限に続く輪・・
 とにかく、シラフだと理解出来ないような、常識を超越したコンセプトを実感する。
 強烈な体験をすれば、時はもはや一方向に進むものでなくなる。それぞれエピソードの順番や長さは全く分からなくなる。


 不快と恐怖

 バッドトリップとは、不安から抜け出せなくなったり、強烈な恐怖に襲われる現象。なぜなるのか、防ぎ方は別記事に書いてます。
バッドトリップになりかけてる段階は、自覚がないときが多いです。
不快だけど、不快な自覚がない。?・・それってどういう事?って思うかもしれませんが、トリップしてるとシラフと脳が違うので、常識が通用すると思ってはいけないです。
トリップ中、不快な思考をしていると、それが不快な思考だという自覚がなく、その不快感がデフォルトの精神状態かのように感じてしまいます。そこが怖ろしいのです。
そういう状態の時、実は、喜んで良いんだ!とか、本当は怖くないんだ!みたいな事に気がつくと、まるですごい発見のように感じます。





エンティティー(存在)

 これは一般的なドースでは経験されることはありません。
 各種サイケのハイドース体験で特徴的なのは、「存在」との邂逅。
 存在との邂逅の凄いところは、存在達は自分の中にあるのではなく、自分とは別の、独立した意識体だと、体験者が語る所ですね。
 エイリヤンや精霊、神などに会う。爬虫類人、ピエロ、虫人、など。存在をなんと呼ぶかは解釈次第でもある。
 
 テレンスマッケナはDMTで出会った存在を機械エルフ(マシンエルフ)と呼んだことで有名。またマッケナはマシンエルフを多数の別名でも呼んでいる。ノーム、タイク、言語エルフ、自力でドリブルするバスケットボール(笑)など。
 宗教に属している人は、宗教体験を語ったり、キリストやブッダに会ったと言う人も少なくない。
 具体的に見えるわけではなく、漠然と存在感を感じるだけの時もあるが(特にロー~ミディアムドースの場合)、ハイドースの、特にDMTでは、具体的に姿かたちを取るようだ。

 エンティティーたちは、宇宙の真理を教えてくれたり、愛や安らぎの感情を与えてくると言われる。
 が、バッドトリップの場合は、サタン(悪魔)や闇のピエロなど最悪の存在として現れることがある。




エゴの死/自我の崩壊

人は自我と言うのを持っています。人間(動物)とは、科学的に分解してしまうと、ただの分子の集まりで、長い進化の過程でできた自己複製を続けるタンパク質の機械に過ぎないが、自分と他人を「別のもの」と区別、認識し、服を着て、社会という名の寸劇の中で決まった役割を演じ、自分が誰かを名乗る。
 何故こうなるのか、それは脳にそういう機能があるからです。自分が自分であるという意識=自我は、人間社会の形成と発展に不可欠でした。自分が存在し、自分以外と違うというのは、生きるために最低限必要な、最も基本的な機能でしょう。

 自我は、意識の中心点であり、意識されている様々な感覚を「感じている主体」で、意識を「経験している本人」です。人は常に自我をベースに生きており、自我が何かに侵されると非常な恐怖を覚えます。

 サイケデリクスは、自我を作っている部分の脳の活動を低下させるのが明らかになっています。
少量のLSDでも、自分って誰?っていう疑問が出てくる時があります。
 窓などに映った自分を見ると、誰だこいつ?となります。見えている視覚情報(自分の像)と、自我(自分だという認識)が結びつかない。

 強力な幻覚剤だと、自分と床の境がなくなり、景色が自分になり、自分が景色になります。
「自=他」となります。「自≠他」である日常世界は、完全に消え去ります。
地面と溶け込んだとか、全ての生命と一つになった、と語る人は多いです。
 ここがサイケデリック体験の一番美しい所ですが、同時に一番恐ろしい所でもある。
 自分が誰なのかを分からなくなると、非常な恐怖に襲われる人も多い。
 特に事前知識がないと、パニックしがちだろう。
これまでの人生が嘘だったとか、創作だったとか、そういう思考方向へ行きやすい。
 しかしここで自我にしがみつく事はしてはいけない。なぜいけないのかというと、「物理的に出来ない」からである。先程言ったように、自我を作っている部分の脳はシャットダウンしている。意志力で電源を入れることはできない。元に戻るには、幻覚分子が脳から去るまで待つ以外に無いのだ。
 強い自我を持っている人は、自我やアイデンティティがフェードアウトしていく事に非常な恐怖を感じてしまう。
 
 無理に自我に、そして日常にしがみつこうとする行為は、脳をパニックさせている以外何の効力もない。余計に恐怖が増幅されるだけ。
 ここで自分は存在しない事を認める、それがいわゆる「降伏(サレンダー)」である。
 自我を捨てるのは非常に難しい。人生で一番難しい。これは綺麗ごとではないのだ。主観的には死のように感じる。だがここで降伏ができれば、それ以降の人生、恐れるものが非常に減る。楽になります。最も恐ろしいものは既に乗り越えたので。重荷を振りほどいたようなものです。
 幻覚剤によるエゴデス(自我の崩壊)体験の後、死の恐怖が減少した、と語る人は多い。

 強烈なエゴの死を体験したら、翌日社会復帰するのはややつらいかもしれません。いや、つらいでしょう。よくそう聞きます。
 強烈な神秘体験をした人は、日常社会がいかに嘘と無価値なものに満ちているか知ってしまいます。(ただし麻薬の離脱症状とかとは一緒にしないで下さい。それは全く別物です)
 くだらないテレビや、街の冷たい人、落ちてるゴミ、社会問題、そういうものが全て気になるかもしれません。
 強力なサイケは、人間として何か大きな変化が欲しく、その準備ができてない限りはやらない方がいい。
 視野が広がりすぎると、それまで無視していた問題が全て見えてしまう。見ない方が、楽に生きれます。多くの人は楽な方を選びます。

 神に会った、自分が神だった、全ての生命が一つだった、そういう話はよく聞きます。無宗教者でも言うので、宗教はあまり関係ないでしょう。そう言う人は、“本当にそのように感じた”のであって、変な話をでっち上げてるのではありません。

 神秘体験をするかどうかは、セット&セッティングが非常に重要です。
 友達と遊びでやってるような場合は、真の神秘体験に到達するのは難しいかもしれません。
 LSDは自動悟りマシーンではないです。
 PsychedSubstance氏は、「シラフですでにいい線まで行っている(悟っている)」人でないと、LSDでも悟りには到達は出来ない、と言っています。





 おわりに


 遊びでLSDをやるというのはあまりいい事ではないと思う。
もちろん、全くダメとは行ってない。楽しい時もあるし、楽しむべきではある。
だが、しかし、LSD=遊びという風に結びつけるのは、重大な間違いだろう。

 サイケデリクスをリスペクトしない人は、突然の隙に、バッドトリップをする事になる。
かなりの経験がある人でも、「もう何回もやってるから余裕っしょ笑」とは絶対に言えないのである。余裕をこいた時こそ、今までにない強烈さに襲われると言われている。何度やっても楽になる事はない。

 サイケを使っている人の多くは、使うのをやめる傾向があります。何度もやる必要が無いのです。
サイケ学者テレンスマッケナも、やりまくって勧めまくっていたにも関わらず、ある時自分の使用は辞めましたし、サイケ系youtuberのyour mate tom氏や、koi fresco氏も、基本的にはあまり使用していないようです。
 やるほどやりたいと言う気持ちは消えていくと、あるマジックマッシュルームの研究でも出ていた。
 サイケデリック体験は非常に多くの事を学ぶ。多くの事を学んだ人ほど畏れるようになり、やる必要性が減って行く。学んだ事を実践し、人生に生かさなければいけない。それをせずに、また幻覚剤に「次は何を教えてくれんの?」と何度も聞きに行くのはおかしい。


 幻覚剤は脳に作用する物質に過ぎないが、我々が現実世界と呼ぶものも究極的には脳に作用する物質にすぎない。本当の世界は、生物の感覚器官では受容できない。我々の日常は、感覚器官と脳のフィルターがかかった、神経伝達物質のやりとりに過ぎない。
 幻覚はすべて現実であり、現実はすべて幻覚である。